“類”
そう呼ぶ女は
静と姉ちゃんしか
俺は知らない・・・。












類と連れ立って離れてゆく後姿を
ただ見つめ続けていた。
目が 離せなかった。






周りには雑音が溢れているはずなのに
一切聞こえず、ただ頭の中には
さっきの僅かな会話が繰り返される。




柔らかな手の感触を失わないように
軽く握り締める。








「道明寺さん、もしかして・・・」




じっと動かない俺の様子に最初に気付いたのは桜子だった。
桜子の言おうとすることをいち早く察した滋があとを続ける。




「澄麗に・・・・惚れた?」




その言葉に、体中の血が頭に上り、熱という熱が顔に集中したように
熱く、汗が一気に吹き出る。




「司、これだけは言っておく」




両肩に総二郎とあきらがそれぞれに圧し掛かり、
耳元で俺らにしか聞こえないように囁く。




「澄麗だけには惚れるな」




「なっ・・・」




振り払った二人の、いや俺を囲む四人の顔は
冗談を言ってからかう、そんな表情ではなく
ふざけた要素が微塵も感じられないほどに真剣な顔だった。






「だめだよ、澄麗は・・・・」






滋が何かを言いかけた時だった。
背後から上品だがババアとはまた違った威圧感のある声が掛かる。




「随分と楽しそうですこと・・・」




瞬時に辺りに緊張感が走る。




「おば様、お久し振りです」


「あら、桜子さん。今日はまた可愛らしい格好して」


「おば様も素敵なお着物ですよ。色合いも牡丹の柄もおば様ピッタリ」


「ありがとう、これ実は気に入ってたのよ。褒めてくれたのはあなたが最初」






京訛りの強い話し方が
その立ち振る舞いにしっくりきて
まったく嫌味を感じさせない。
事前に年齢を聞いていたがそれを感じさせない程に若くもあった。






「あなたが道明寺 司さんかしら?」


「はい。今日はお招きありがとうございます」


満足したように少し頬を緩める。


「芹澤 都と申します。以後よろしゅうに。
澄麗にはもうお会いしたかしら?」


「はい、先ほど」






頭の先から足元までを何一つ見逃すまいとするような視線が
ゆっくりと降りて、何度か往復を繰り返したあと
視線がぶつかる。


こんな時、
昔なら間違いなく声を荒げ相手を威嚇していた。
社会に出て働くようになってさすがに俺も
随分と我慢を覚えた、と思う。






何を言われるのかと、感じたこともない妙な緊張感に辺りが
俺が完全に飲まれた頃、




「お母はんに似ないでよろしゅうおしたなぁ」




と、なんとも気の抜ける感想を言われた。
回りで必死に笑いを堪えようとする音が漏れる。


俺がその言葉にあっけに取られているとそれをよそに
くるりと視線を総二郎に向け違う話を始める。




「総二郎さん。ちょっとお話よろしい?」


「はい、もちろん」


「ちょっと無理なお願いがありましてなぁ、聞いてくれますやろか」


「それはもう受けることが決まっているんでしょう」


「よう分かってらっしゃる。さすがやなぁ」


楽しそうに笑う姿は
血が繋がっていない親子とはいえ
さっきのあいつにどこか似ていた。


「詳しいことはあちらで話しましょうか。あきらさんもそろそろ行きましょか?」


「あ、はい」




「司、また今度telするよ」


「ああ」




どこか申し訳なさげな表情をしたあきらに
掛けられた言葉にただ言葉を返す。




「ほな、道明寺さん。ゆるりとお楽しみ下さい」






小さく会釈を返しながら
また、友人の去る後姿を見つめる。


あいつらについていけば、もう一度会えるかも知れない
頭のどこかでそう思いながらも、足は出口へと向かう。






「司、どこいくの?」


「帰るんだよ、俺は忙しい」




このあとに用事なんて何一つないのに
付かなくてもいい嘘を付いてこの場から離れる。
体中を権利すらない嫉妬心が支配を始める。








“澄麗だけには惚れるな。”








雪のちらつき始めた12月初旬の夜。
その言葉が 頭から離れない。








Next
Back
花Top