今思えば
止まっていた歯車が
動き始めたのは
きっと、このときだろう。
「司」
通された応接室で
ソファーに座ることもなく
そいつは外を見ていた。
「久し振りだね」
笑いながら
独特の雰囲気を醸し出す類は
“本当に働いているんだ”
“ここの景色凄いね”
などマイペースに話を始める。
普段より口数の多い事に
疑問を感じつつも
再会を楽しむことにした。
いきなり会社にまで訪ねてきた類と
顔を合わせたのは
前に会ってから随分と久しい。
少なくとも
1年近くは経っていただろう。
長い事
話はおろか
会う事すらなかった旧友が
会社にまで訪ねてくるなんて
思いもしなかった。
「なんか用か?」
なかなか本題に入ろうとしない類に
追われている仕事のストレスも重なり
イラつき始めた俺は
煙草に火を付ける。
当たり前のように
煙草を吸い始めた俺に
一瞬
驚くような表情をしたものの
何かを言うわけでもなく
上着のポケットから
封書を取り出す。
無言で差し出されたそれを
同じように無言で受け取る。
銀色で薄く縁取りをされ
中央に書かれた文字は
『An Invitation』―招待状―
招待者の名前は
芹澤 都
見慣れぬ名に顔を顰める。
「司も聞いたことはあると思うよ、『翡翠亭』
あそこの女主人が後継者のお披露目を兼ねて
ちょっとした食事会を開くんだよ。
司もどうかなって思って」
仕事を始めても
必要最低限しかパーティーなどには出席していない。
有名な料亭とはいえ
かかわりのないその人物に
しかもあったこともない奴の
お披露目など行く必要性など感じられなかった。
「いかねぇ」
「司にとっても、道明寺財閥にとっても出席することは
悪い話じゃないはずだよ」
妙に出席を勧める類の態度は
勘に触るものがあったが
何か裏があると感じた。
それを知るために
行ってみるのも悪くはないと思った。
確かに
芹澤家は
日本の、否、世界の
経済界・政界の重鎮と呼ばれるジジイ共と
繋がりを保っている。
利用できるものは
とことん利用する。
これもそのひとつに過ぎない。
「時間があったらいくかも、な」
曖昧な返事だったが
類は満足したのか
帰っていった。
きっと、俺が行くと確信していたのだろう。
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