徹夜明けで気だるさの残る体のままで向かった
大学で俺を迎えたのは
眠気も飛ぶような女の叫び声。
「待ちなさい!!総二郎―!!」
大声が辺りに響いたかと思うと目の前を
陸上選手かと見まがうほどに
猛スピードで走り去ってゆく影が二つ。
唖然としながらも走り去っていった方を目で追うと
格好など気にしていないといわんばかりに
スカートをたくし上げ
まるでハードルでも飛んでいるかのように
垣根を越えて追いかけてゆく。
「・・・なんだ あれ・・・」
後姿に呆れながら
大きなあくびをひとつすると
眠気を覚まそうと
ラウンジへと足を運ぶ。
昼時を過ぎている所為かラウンジには
人はまばらだがいつものメンバーは変わらずいる。
視線が窓の外に向いているのはきっと
さっきの女に追いかけられている総二郎を見ているのだろう。
「よお」
驚きの表情を見せながらも受け入れを示す
変わらないあきらの様子に僅かな安堵を感じる。
「司、仕事は?」
「抜けてきた。ったく無理やり休ませたくせに呼び出すなっての・・・」
言葉にすると
どこかに追いやっていた不満もふつふつと湧き上がってくる。
それでも、苛立ちを何とか抑えつつ
近くを通ったウェイターを呼び寄せる。
「アイスコーヒー」
「・・・・・寒いのに。」
ポツリと類が呟く。
ただそれは辛うじて抑えていた苛立ちを
爆発させるのには 十分だった。
「ホットに変えろ」
「・・・すぐ変えるんだ。」
なんだ?!コイツ
マジむかつく。
「ああ゛?何だ?類」
「別に?」
「オイ、ウェイター!両方持って来い!!」
「類。なんでそう、司に突っ掛かるんだ?
司も他人に当たるなよ・・・ガキじゃないんだし」
たとえ類であろうと売られた喧嘩は買う。
何の感情も示さず
まるで仕掛けたのは自分ではないといった
“我関せず”の表情のまま
外を見続ける類を睨む。
俺は、類の胸倉を掴み、怒り任せに殴ろうと立ち上がりかけ、
そんな俺に気付いたあきらと桜子が間に割って入ろうとした
まさにその時だった。
「に、逃げられたっ・・・・」
どたどたと大きな音を立て、俺らのテーブルに近づき
ぜいぜいと大きく肩で息をしながら
悔しさをおもいっきり吐き出す。
髪を振り乱し大またで歩いてきたその姿は
まるで自分が女であることすら忘れたかのように見えた。
「厭きずに毎日よくやるよね、澄麗も」
厭きれた様に、からかうように桜子が言う。
「否定させるまで諦めたりはしないわよ」
ふふんっと得意げに鼻を鳴らし、
ラッキー!っと、いいながら届いたばかりの
アイスコーヒーをおいしそうに飲み始めた。
「おい、それは誰のモンだと思ってんだ?」
別にケチって言った訳ではなかった。
面白くねぇ、ただそれだけだ。
最後の一口をゴクンと飲み干すと同時に視線を俺へとずらす。
『百面相』ここに来てからずっと
この不思議な女のそれを見ている気がする。
カランっと氷が音をたて、ドンっとグラスを置く音がしたかと思うと、
耳ふさぎたくなるような大声が響いた。
「え? ええっ?! うぁ・・・・ど・道明寺、 さん????!」
顔を真っ赤にし、逃げるように後ずさる。
そのスピードは思いのほか速く、
離れていたはずの段差にあっという間に近づき
危ない!と
とっさに出た手は空しく空を掴む。
「い、いひゃい・・・」
「大丈夫か?澄麗?」
ドスンと大きな音が響いて
頭を抑えながら声にならない声で
痛みを訴える。
起こそうと差し伸べられたあきらの手を取り起き上がる。
「ねぇ、澄麗。こんなところでゆっくりしてさ。時間いいの?」
「え?」
「もう、14時だよ?」
類の言葉に見る見る青ざめてゆく。
「ね、ねぇ。誰か車で来てないの?」
「俺ら今から外せない授業なの。いつもどおり総二郎と帰れよ」
「それだけは絶対に、イヤ!!」
大声で全否定すると
小さく何かをブツブツと呟き、頭を振る。
「だけど、なぁ、類・・」
ちらりと二人で視線だけを合わせるのを見逃さなかった。
だけどそれに当の本人は気付かない。
そんな様子を見ていた俺を含め、
それまでだんまりと傍観していた桜子が
俺に向かって、怪しい笑みを溢す。
「しょうがないですね。送ってあげますよ。澄麗セ・ン・パ・イ」
「え?」
その表情に僅かな引き攣りを見た気がしたが
引き摺られるようにつれられていった為
はっきり確認することは出来なかった。
ただ、
桜子の言葉になんらかの企みがあることは
俺でも分かった。