桜の木の下で





目の前の机には山積みされた書類が彼女を待ち続ける。
決して仕事をサボっていたわけではない。
それが彼女の一日の仕事なのだ。
ふーっと、大きく息をつき、背伸びをする。
流石に何時間も座り続けると身体に歪みを感じる。
一息入れようと見上げた先。
開け放たれた窓から吹き込んだ季節の香りが彼女を誘った。
新緑の鮮やかな色、柔らかな日差し、澄んだ青空・・・。
その全てに彼女は負けた。




そっと部屋を抜け出す。
普段おっちょこちょいなところがある彼女だが、物音を立てずに抜け出すのは、
昔から彼女の得意技のひとつだった。
ただ・・・すぐに見つかってしまうのだが。




「きれい・・・」
思わず、言葉がこぼれる。
彼女、ネオ・クイーン・セレニティの気を引いたもの、
それは、一面に咲き誇った薄くピンク色に色づいた、桜だった。
風に揺られ、舞うようにハート型の花びらが降り注ぐ。
ゆっくりと木々の間を歩きながら、大きく息を吸い込む。








「クイーン!!」
慌てた様に一人駆け寄ってくる。
グリーンの戦闘服がよく似合う女性。
彼女が信頼する四守護神の一人“ジュピター”だ。
もう見つかってしまった、と沈む気持ちと共に僅かに舌を出し、彼女を待つ。






「ジュピター、見て。綺麗よ。自然ってすごいわね」
「クイーン、御願いですから一声お掛け下さい。心配しますから」
「あら、平気よ?子供じゃないんだし・・・」
少し怒ったように、拗ねたように頬を膨らませ、そっぽを向く。

「・・・まったく。この間もそう仰ってドレスの裾を踏まれて転びかけたのはどなたでしたっけ?」
「う・・・それは」


つい先日のことだ。
ドレスの裾を踏み、階段から落ちそうになった。
周囲に護衛の者がいて大事には至らず済んだのだが。
少し、ドジなところのあるクイーンはこのようなことが日常茶飯事なのだ。


大きくため息をつき、優しく言う。
「もう、お一人のお身体ではないのですよ」
そう。
クイーンには8ヶ月になる子供がいるのだ。






「そうね、反省するわ。でも
ジュピターならあの桜の木の下で日向ぼっこするのを許してくれるでしょう?」
「その代わり私もご一緒致します」
「お茶、ご馳走してくれる?」
「ええ、もちろん」


甘えるように上目遣いで話すクイーンを見ると、やはり顔が緩む。
そして、
二人で笑いあう。
あの頃のように・・・。










「ねぇ、ジュピター。
私達って変わってしまったのかしら・・・」
「クイーン!?」
余りに突然な言葉に注ぎかけた紅茶を溢してしまう。
弱気な彼女を見るのは久しぶりだった。
昔はよく見ていたのに・・・。




「時々ね、寂しく思っちゃうのよ。ピーターパンシンドロームみたいな感じかしら・・・」
ふっと悲しげに笑い、心を隠すようにカップを撫でる。






“うさぎちゃん”






そう、呼びそうになった。
それは。
彼女が即位した日。
仲間たちと四守護神として生きるため、自分の名前と共に封印した呼び名。




その瞬間。
ぱっとまるで花が咲いたように、笑顔が溢れる。

「ここにいたのかい?」
「ええ。あまりに桜が綺麗だったからジュピターとお茶をしていたのよ」




振り返らなくても。
彼女の笑顔と、彼のその声で分かる。
彼女の一番愛する人。
この国の王―――――キング・エンディミオン




慌てて立ち上がり、一礼をする。
「お帰りなさいませ。キング」
「留守中変わりはなかったかい?セレニティは大人しくしていただろうね」
「酷いわ。エンディミオンまで子供扱いするのね」


その言葉に、また、頬をふくらます。
笑いを堪えながら言う。
「ハイ、大丈夫です。キング、ご一緒にお茶は如何ですか?」
「ああ、頂こうか」




優しく妻の肩に手を置き、クイーンの笑みの愛情の全てを受け入れる。






「エンディミオン、後でお散歩しましょう。桜がとっても綺麗なのよ」
「ああ、そうだね」










笑いあう二人を見ると安心する。
大丈夫。
全然、変わってないよ。
確かに。
お互い呼び名は変わってしまったけれど。
私たちの気持ちはずっと一緒。
いつも、あなたの笑顔に救われているんだよ。
私は特に伝えるのが苦手だから。
あなたを悲しませてしまうかもしれないけど。
ずっと傍で護って行きたいって思ってる。
どんなに時が流れても、絶対これだけは変わらない。
これだけは自信を持って言える。


あなたは。
私たちの。




大切なお姫様で、大事な親友!!






アトガキ

昔住んでた家の近くの
すり鉢上の斜面に咲く桜が
一番奇麗だと今でも思ふ。

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