ジャムトースト







「えー!!まもちゃん家ってジャム無いの?」


うさと一緒に初めて朝を迎えた日、それは起こった。


俺は、ブラックコーヒー
彼女は、カフェオレ。
トーストの焼き加減も
同じようで少し違う。
一緒に取る朝食。


一番違うのは
うさが必ず使うジャム・・・。




甘いものは嫌いじゃないが、なぜか昔からジャムだけは苦手だった。


「え?いらないだろう?」
「いるよ!!トーストは焼きたてにジャムを塗るからおいしいのに!」
「そうか?」
「そうだよぉ・・・」


膨れる君に
今度 一緒に買いに行こうと
宥めたのが昨日のことのように思える。




あれから
何度も 共に朝を迎えるようになって


あの日から
君の景色が
一つ一つと残ってゆく。




共に過ごすことが
当たり前になり始めていた。




その日もまた
いつものように 訪ねて来る予定で


いつもより遅く
なかなか来ないことに
心配と僅かな苛立ちを感じ始めていた。




何杯目かのすっかり冷め切った
コーヒーを入れなおし
暗くなり始めた部屋に寂しさを感じた頃。


「ただいま」
最近 当たり前のように
使い始めた言葉が響く。




それまで感じていた感情など微塵も出さずに
「遅かったな」
とそれだけを伝える。


ふと、いつもと違う、甘い香りが鼻腔を擽る。


「まもちゃん、まもちゃん」
と、ご機嫌を取るかのような
甘えた声。
「あのね」と少し言いにくそうにしながらも
柔らかな笑みは称えたままで
二つのマグカップぐらいのビンを取り出す。


「まこちゃんにね、ジャムの作り方習ったんだよ。
まもちゃんと一緒に食べるものなら
手作りのほうがいいかなって思って・・・
頑張ったんだから」




そう言って、差し出されたのは、
レモンのマーマレードとイチゴのジャム。
「味見してみてよ」


「ああ」


「ね、おいしい?」
傷だらけの指が、痛々しかった。


甘い香りは、なぜか懐かしく、無性に寂しさを憶えた。




ああ そうか・・・・
ずっと忘れていた。


それにしても
幼い頃受けた心の傷はどうしてこうも大切な記憶をねじ伏せてしまうのだろうか?






ジャムは、亡くなった母がよく作っていた。


『衛君も、パパも好きでしょう?』


そう言って。
出先から帰るとよく、部屋中に甘い香りか漂い、
出来上がるまで我慢の出来なかった俺は、まだ温かいジャムを
こっそり盗み食いをしていた。


ジャムは亡くなった家族の思い出、そのものだった。


今も“地場衛”の6歳以前の記憶は曖昧で
家族の思い出はほとんど無い。


だけど
これからは
うさと
家族を作って
またいろんな思い出を作っていける。




また
いろいろなことを
思い出して行くかも知れない。




「・・・甘っ」
小さくこぼれた言葉。
それは
幸福のしるし。
僅かに漏れ出た言葉は 君の元には届かず
ブラックコーヒーに溶ける。


「おいしいよ、ありがとう」


はにかむ様に笑う君が愛おしくて
そっと抱き寄せ
ジャムより甘いキスを
何度も交わす。




明日は
君の作ったジャムで
とびきりの幸福を味わう朝を
迎えられそうだ。






アトガキ

男目線の話と言うのは本当に難しいものです。


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