雨は    嫌い


あの日の あいつが・・・・泣いている声が 聞こえるから






close  to  you






「お帰りなさいませ」




ずらりと並んだ 使用人の列に
あいつの姿は ない。


今日は 雨だ。


そこにいないことは 分かっているのに
あいつの姿を 探してしまう。


いつもなら 玄関で渡してしまう鞄も雨に濡れたコートも
そのままに
部屋へと歩みを進める。








きっと いや
間違いなく


今日も 泣いている・・・。




暗いのは
厚く垂れ込めた雨雲や
灯りの絞られた廊下の照明だけの所為ではないだろう。
この屋敷の空気そのものが
重く、暗い。






ゆっくりと
あいつが いるであろう
東の角部屋へと歩みを進める。






部屋へと続く最後の廊下に足をすすめると
激しく窓を叩き付ける雨音に混じって
聞こえてくる


雨の日の歌


『close to you』




その歌詞に雨のことなど
触れるような一節は何処にもないのに
なぜかいつも
この曲が流れている・・・。




ゆっくりと扉を開けると
明かりの消えた
真っ暗な部屋に
雨音を遮ってしまうほどの
大きな音が




洪水のように溢れ出てくる。






この部屋の主の片割れは
部屋の片隅で小さくなって
自分の身体を抱きしめる様に
雨音を聞いてしまわない様に
うずくまっている。


「つくし・・・」


反応のないあいつの元へ
歩み寄ると共に
部屋の明かりを付け
オーディオのボリュームを下げる。


「つくし!」


びくりと身体がゆれ
真っ赤な瞳が
安心したかの様に
僅かな微笑みを携え 溢れ続ける涙に揺れる。




「おか・えり・・な・さ・・・・い・・・」


ごめんなさい、出迎えにいけなくて・・・と
心配掛けまいと また 笑う。


いつもなら・・・
手を伸ばして
すぐにでも不安を消してやるが、


それでは 先に進むことは出来ない。




もう お互い 限界 なのかもしれない。




流れる涙をただ 拭っても
震える身体を 抱きしめてやっても
不安をなくすように 言葉をかけても


それは全て その場しのぎにしかならない。


また 雨が降れば
  同じように
悲しみの中に閉じこもることになる。


雨の日に
こうやって いつも
俺が傍にいてやれるとは限らないのだ・・・。




「馬鹿かお前は・・・」
「ばかって・・」




大きくため息をついて
言葉を遮る。


「雨の日が辛いのは自分だけだと思っているのかよ。
この世の終わりみたいな顔しやがって
お前に別れようって言われたのは俺だぞ?」


本当は
雨が降るたびにまた同じことを言われて仕舞うんじゃないかと
毎回ビクビクしながら家へと帰る。




「お前だけが 雨の日に
辛い思い出があるなんて思うな」




「ごめん・・・。あたし・・・」


震える手が
そっと
俺の頬を包む。


コツンと小さく音を立てて
おでこ同士が触れ合う。


「司・・・あたし もう泣かないから・・・」


いつの間にか
泣きそうになっていた俺を
やさしく 包んでくれた。




お互い 
乗り越えなくてはならない。


結婚して
同じ道を歩いていくことを決めた。
いつまでも
あのときの 雨の思い出に
捕らわれ続けるわけにはいかない。




二人で歩む人生って奴は
まだ
始まったばかりなんだ。




そう思ったとき
あいつが あの曲を選んでいたわけに気付いた。








close to you―――――――あなたのそばに・・・。




 









アトガキ

男目線はホント無理だ。
途中で何かいてるか分からなくなるよ。
“流星2”で和也が歌ったあの曲ですよ。
ほんとに雨のイメージしかなかったから、
あの場面で流れたことが無性にうれしかった覚えがあります。

Back